長谷川ゆきこ(幸子)
ごあいさつ
私は人と人との出会い「絆」という言葉が大好きです。今まで多くの人と出会い、学んだことやみなさんの思いを市政に届けるため、力いっぱいがんばります。
高齢者の笑顔かがやく市政を!
私は医療・介護の現場で26年間働いてきました。お金がないと医療も介護も受けられない今の政治に怒りを感じます。戦中・戦後を生き抜き、今の社会を支えてきた高齢者を大切にする社会でなければならないと痛感します。「守ろう いのちとくらし 高齢者の笑顔かがやく社会を!」めざし、がんばります。
若者が生きがいの持てる社会に!
私の青春時代のすべては、青年団活動でした。過疎に生き将来に不安を抱く青年。農業に展望が持てない青年。臨時職員という不安定雇用に希望が持てない青年等、全国各地をまわり、たくさんの仲間と出会いました。若者が生きがいの持てない社会に未来はありません。若者の声にしっかりと耳を傾け、若者の願いを市政に届けます。
憲法9条を守り、戦争のない平和な社会を!
日本国憲法は、二度と戦争をしないことを世界に誓い制定されました。戦後60数年、日本が一度も戦争をしない歯止めとなってきました。
国際社会で日本が生きる道は、「憲法9条を生かし、平和に貢献すること」ではないでしょうか。憲法9条は、「世界に誇る日本の宝」です。みなさんとごいっしょに9条を守る運動をさらに広げていきます。
市議選で当選を祝う感動の瞬間(事務所にて)
わたしのあゆみ
漬物屋の次女として、消えてなくなる雪でなく
1951年12月18日、大安町(現いなべ市)生まれ。3人兄弟の次女。雪の降る日に生まれたので、両親は「雪子」にしようとしましたが、「雪は消えてなくなるから…」と「幸子」に。
実家は漬物屋さん。裏の川で大根洗いなど手伝っていました。
いとこと3才の頃(私は左)
「アカになるな」といわれたけれど
石榑小、大安中、県立員弁高校卒業後、「アカになるな」と父のすすめで皇學館短大へ。国文学を勉強しました。
卒業後、四日市の住友電装に就職。同時に、大安町の青年団活動に加わりました。青年団の活動の中で、ものごとに誠実に取り組む日本共産党の人たちの姿に人間的な信頼を感じ、入党。28歳の時でした。
中学時代はソフトボール部のキャプテン
青年団時代、ソ連バイカル湖にて
青年団時代、青年の船・中国人民公社にて
高茶屋診療所、津生協病院、あこぎ苑 介護・福祉の現場で
津に住んで30年。津医療生協の高茶屋診療所、津生協病院・組合員活動部、デイサービスあこぎ苑で働いてきました。地域を訪ね、健康や暮らしの相談にのり、いっしょになって問題に取り組んできました。
デイサービスあこぎ苑にて
プロフィール
1951年12月18日 いなべ市大安町生まれ
1972年 皇學館短期大学卒業
東海電線(現・住友電装)株式会社5年
津医療生活協同組合26年勤務
三重県連合青年団副団長、日本青年団協議会副会長
中勢地区母親大会事務局長等を歴任
[現在]
新日本婦人の会県本部委員・津支部委員、津医療生協育生東支部運営委員、津市男女共同参画実行委員 等
[家族]
夫、長女と3人暮らし 長男は大学生(神奈川在住)
[趣味]
演劇鑑賞(わらび座の上演活動の中で夫と出会う)うたうこと、食べること。いちご大福はもちろん甘いものに目がない。
「気づいたときが出発の時」がモットーです。
わらび座公演(名古屋にて)
連絡先
困りごとの相談およせください
住所:津市下弁財町津興236−7
TEL・FAX:059−224−7548
携帯:090−8339−4417
Eメール:[email protected]